岩本個人教室 の日記
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子は育つ
2014.11.10
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S君は、小学2年生から私の塾に通い今は6年生、私立中学の受験に挑戦しています。
はじめて会ったときは小柄で可愛らしい2年生でした。お父さんが鞄を持って一緒に教室に入ってテーブルの上に勉強道具を並べ、心配そうに帰られる日々が続きました。
暫くして私に馴れてくると、じっとしておられなくなって、教室をうろうろと歩いたり走ったり、テーブルの下に潜ったり寝ころんだりし始めました。困ったなと思っていましたが、よくよく観察すると何かもごもごと口を動かしているのです。それは会話のようにも、独り言のようにも聞こえました。一人芝居をしていたのです。私は教科書にある、「くじらぐも」とか「大きな蕪」などをリクエストして観劇者となりました。しかしそのままお帰えしするのは申し訳なく思い、やりたいことを充分させてから、勉強を始めることにしました。
その時考えたことは
“欲張ってはいけない。国語、算数それぞれ1つでいい必ず習得してもらおう。1日プラスワン・塵も積もれば山となる“――を目標にしょうと云うことでした。
「ひょっとして、S君は作家の資質があるのかな」と思ったりもしました。
しばらくして、S君は走り回ることはなくなりました。が、私が他の生徒さんの指導をしている間に、S君のドリルは漫画で一杯になるようになりました。折角書いた答えも見えないくらいです。それで、すぐ少し分厚い落書き帳を買ってきて、「これあげるから漫画は、これに描くのよ。ドリルに描いてはいけません」と言って渡しました。
学校の宿題は自由学習でしたので殆ど漫画のようでした。が、ちゃんとした物語性があり、説明書きもありました。またもや私は、
「ひょっとしたら S君は物書きになるのかな」と思ったりしました。
4年生になった頃でしょうか、今思い返せば第1反抗期だったのかもしれません。塾に来るのが嫌で嫌でたまらなくなったようでした。お母さんが無理やり連れて来られていたのかも知れません。5時過ぎて母親に付き添われてやって来ても、それはそれは嫌な顔をしています。勿論勉強は手につきません。そんな日々が続きましたので
「S君、そんなに嫌なら塾をやめていいんだよ」と言いました。すると、
「だってお父さんがやめさせてくれないんだもん。お前のためだって」と応えます。
「そう、S君はお父さんに負けてるんだ。だったら勉強に来なくちゃね。でも反抗してもいいんだよ」
と伝えましたが、教室をやめることはありませんでした。
嫌なときは鉛筆を握る手にも力が入らず字もふにゃふにゃです。が、やり出すと漢字などゆっくりと丁寧で、その緻密さはたいしたものです。
「S君、上手ね。先生よりきれいな字ね。(本当です、お世辞ではありません)」とよく褒めたものです。その緻密な丁寧さに、今度は
「ひょっとしたら、職人の資質があるのかな」と思いました。
それに加えて勉強をし始めると、とても素直で「うん、うん」と言う顔は可愛かったのです。あの嫌な顔とは雲泥の差です。「本当は素直な子なんだな」と思ったものでした。
ある時6時近くに勉強が終わると
「いまからKちゃん所に遊びに行く」と言います。
「ちょっと、ちょっともうお母さんがご飯を作って待っておられるよ。それにK君所もご飯だよ。遊ぶ時間は無いと思うよ」と言っても、
「でも、行ってみる。遊べるかもしれんもん」と、駆け出してしまいました。
「3度の飯より好き」と言いますが、そのときには、本当にこの子は遊ぶことが好きで好きで堪らないのだ、勉強が嫌なのではなく、遊びが好きで全エネルギーを注いでいるのだ、と感じました。
「ああ。もしS君が本当に好きなことに出会ったらすごい熱中ぶりだろうな。将来が楽しみだな」と、思ったのでした。
5年生も終わりになると落ち着いてきて、真剣に勉強に取り組む顔は凛々しく見えるまでになりました。
「S君、勉強が面白くなったんじゃないの」と尋ねると
「中学に行ったらちゃんと勉強しなくてはならないんだよね」と答えるのです。驚きました。
「そうだよ。もうすぐ6年生になるもんね。S君、中学生!に成るんだよ」
そんな会話を何度かしました。
つい最近、S君が突然、「中高一貫校に行きたい」と言い始めました。
え、小田原には公立の中高一貫校はないよ。私立だよ。試験を受けなくてはいけんいんだよ」
「そうなの?」
本人は暢気なものです。が、私はあわてました。私の教室は補習塾で、これまで私立中学の受験をした生徒はいません。早速ご両親と話し合って近くの受験塾をお薦めしました。いまS君はそこで真剣に中学受験に挑戦しています。私はそのS君を助け応援しています。
S君は私に「低学年で少しぐらい心配な事があっても、大丈夫。子は育つ」ということを改めて教えてくれました。
今私は“幼い魂を胸に抱き留めて、慈しんで行きたい”とつくづく思っています。S君、有り難う。